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2008年7月

サヨナラ……

別れは突然にやってくる。

予期せぬ事態にただただ、呆然とする僕がいる。


「短い間だったけど、楽しかったよ、ありがとうshine」そんな簡単な言葉が口から出ない。


頭の中がぐるぐると回っている間にその時が訪れる。

いつも別れた後に後悔するんだ。


もうこれ以上、失いたくないんだ。


願っても願っても、叶わない。時間は止まらない。


君と僕が別れる事に意味はあるのかい?


「今は無くても、この先を考えた結果。」らしい。


確かに僕は君と別れたいなんて言った事もある。だけど、こんな急だなんて………。


君との大切な思い出。


僕は君に癒されていた。


僕は君に頼っていた。


僕の思うままに君を作り上げようとしていたかもね………。


忘れられない日々…。


夢と希望の狭間で、僕は揺れていた。


そうだね。


そうかもしれないね。


もう別れるしかないのかもしれないね。


だって、僕と君のやりたい事は違うんだ。


とても悲しい事だけど………

サヨナラ……………

はい!とゆうわけで、ブログ変えま〜す!ココログさんにはお世話になりました。僕にブログの知識を与えてくれたのは間違いなくココログさんです!ありがとうございました。今後も日々精進していきます!

新しいブログももう完成間近!近日公開しますので期待してて下さい!でわでわ〜。

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言い訳ではなく説明だしー。

例えば、俺と司が待ち合わせをしていて、俺が5分遅れたとしましょう。


それを人は皆、「遅刻」と呼びます。
そして、それをこの日本社会では、悪い事として考えます。

「遅刻する奴は最低だ。」なんて過激な発言をしちゃうベーシストもいるぐらいですから。

じゃあ、遅刻の基準はなんでしょうか?


約束の時間に遅れる事ですね。1秒でも遅れれば「遅刻」になるわけです。

言い換えれば、
1秒でも遅れれば「最低な奴」になるわけです。


ふむむ。じゃあ、その約束の基準となる、「時間」


これは何を基準にしてるのでしょうか?


俺の記憶が確かならば、スイスかどっかに世界の基準となる時計があるそうな。

つまり、その時計を基準に世界は時を刻むわけで、唯一の正確な時計というわけです。

逆に言えば、それ以外の時計は全てズレている。もちろん、最近の技術はすごいからみんなだいたいは合ってるんだけどね。


現に電話の時報の時間とテレビが流す時間はズレているしね。正確な時間はわからないという事なんです。

じゃあ、それを基準にしている遅刻ってなんなんでしょう?そもそも誰の時計を基準にしているの?


もちろん、1時間とか遅刻すれば、遅れている事に疑いはありません。しかし、何分遅れたのかは正確にはわからないのです。

つまり!まとめるとこうゆう事!


・0〜5分の遅刻
「俺の時計では間に合ってるよ?」


・5分〜15分の遅刻
「ギリギリセーフ!」


・15分〜30分の遅刻
「ギリギリchop!」


・30分〜1時間の遅刻
「夢じゃない、あれもこれも〜!」


・1時間以上の遅刻
「おそらく、遅刻」


とゆうわけです。

理解できるかな!?

まあ、日本人は特に時間に縛られてるからな。


もっと時間を長いスパンで考えてごらんよ。

例えば、あなたが後50年ぐらい生きれそうだとするでしょ?


そうすると……

365日×24時間×50年だから……

約438000時間あるわけです。


分に直すと、
26280000分あるわけです。


そんだけある内のたった5分の遅刻で怒るとゆうのはいかがなものでしょう。

その怒るとゆう行為にかかる時間はもったいなくはないのですか?


というか、時間ってそうゆうもんじゃない気がします。

待ってる時間もあなたの生きてる時間の1つなんです。ただ待つだけではなく、その時間も大切にすれば待つ事が苦じゃなくなるはず。

時間は常に流れてるんです。無駄な時間なんて一切ないんですよ。

ファミレスで15分待っても平気なのに、コンビニで5分待たされたらイライラしますよね?

イメージなんですよ。○○ならこれぐらいかかるだろうって言う自分のイメージ。

そのイメージと違うというだけで、怒りやがるんです。


まるで自分が時間を操作してるかのごとく。


違います。時間の流れの中に生きてるんですよ。


時間は流れているんです。そうまるで川のようにね……。

それでは聞いて下さい、

「川の流れのように」

あぁ〜あ〜〜〜〜
川の流れのように〜〜〜
ゆるやかに〜〜
遅刻したけど許して〜


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